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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)205号 判決 1978年3月31日

原告 金基元

被告 東京都足立区足立福祉事務所長

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四五年一〇月一五日付で原告に対してした生活保護の廃止処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和四二年一〇月一三日から生活保護法による保護を受けていたところ、被告は同四五年一〇月一五日付で原告に対し、保護の廃止日を同月八日とする保護の廃止決定(以下「本件処分」という。)をした。

2  しかしながら、本件処分は後記五の2、3の理由により違法である。

よつて、原告は本件処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告は外国人であるが、昭和四五年五月四日公務執行妨害罪の嫌疑で警視庁千住警察署員に逮捕され、被告は同月二九日原告が傷害罪で起訴され、勾留されていることを知つたので、同日付で原告に対し保護を廃止する決定をした。

2  被告は、その後同年九月一七日付で右保護の廃止決定を取り消し、同日付であらためて同年五月五日から同年六月一八日までの期間、保護を停止する決定をし、さらに原告が同年六月一九日以後の一か月以内に東京都足立公共職業安定所河原町労働出張所より一〇日間の就労あつ旋を受け、原告に労働能力があり、保護の必要はなくなつたものと認められたが、なお原告の生活状況を観察するため、同年九月一七日付で原告に対して保護停止期間を同月三〇日まで延長した。

3  被告は、保護停止期間中の原告の生活状況を把握し、保護の要否を判定する資料とする等のため、昭和四五年九月二六日付で次のとおり記載した書面をもつて、同月三〇日を期限として原告に対し収入申告書の提出等の指示(以下「本件指示」という。)を行なつた。

「生活状況を把握するため、別紙収入申告書を提出して下さい。

尚、生活上の義務として、常に能力に応じて勤労に励み、その他生活の維持と向上に努力して下さい。」

しかしながら、原告は右期限までに収入申告書を提出しなかつた。

4  さらに、被告は、原告に対し本件指示に対する弁明の機会を与えるため及び原告が収入申告書を提出せず、保護停止期間中の生活状況の調査に協力しないので原告の生活状況の把握ができず、したがつて、保護の要否の判定ができないため、同年一〇月三日付で原告に対する保護停止期間を同月七日まで延長した。

5  被告は原告に対し、同月三日付で次の事項を記載した弁明の機会通知書を交付した。

「原告は次の(1)、(2)に応じられないことの弁明をすること。

(1) 収入申告書を提出すること。

(2) 生活上の義務として常に能力に応じて勤労に励み、その他生活の維持と向上に努力すること。

弁明の日時は一〇月七日午前中であること、弁明すべき場所は足立福祉事務所であること。」

しかしながら、原告は右の指示した日時場所に出頭せず、弁明をしなかつた。

6  そこで、被告は、原告が本件指示のうち、収入申告書提出の指示義務に違反したことを理由に、同年一〇月一五日付書面をもつて本件処分をしたものである。

7  ところで、本来外国人は生活保護法の適用対象とならないものであるが、被告は昭和二九年社発第三八二号厚生省社会局長通知にしたがい、生活に困窮する外国人に対しては、一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱いに準じて必要と認める保護を行なうこととし、生活保護法の規定をいわば被告の内部基準とし、法律の規定の適用によらない行政措置として外国人に対する生活保護を行なつているものである。

したがつて、本件指示は生活保護法第二七条第一項に、弁明の機会通知書の交付は同法第六二条第四項に、本件処分は同法第六二条第三項にそれぞれ相当する内部基準にしたがつて行なつたものであり、適法な措置である。

8  仮に、外国人に対し、生活保護法が適用されるとしても、本件指示、弁明の機会通知書の交付及び本件処分はそれぞれ同法第二七条第一項、第六二条第四項及び第六二条第三項の規定にしたがつたものといえるから本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1の事実のうち、原告が外国人であること、被告主張のとおり原告が千住警察署員に逮捕されたこと及び保護廃止決定がされたことは認め、その余は否認する。

2  被告の主張2の事実のうち、被告がその主張のとおり保護廃止決定の取消し、保護停止決定及び保護停止期間の延長をしたことは認め、その余は不知。

3  被告の主張3の事実のうち、被告が本件指示を行なつたこと及び原告が収入申告書を提出しなかつたことは認め、その余は不知。

4  被告の主張4の事実のうち、被告が保護停止期間を延長したことは認め、その余は不知。

5  被告の主張5の事実は認める。

6  被告の主張6の事実のうち、被告が本件処分をしたことは認め、その余は不知。

7  被告の主張7及び8は争う。

五  原告の主張

本件処分は次の理由により違法である。

1  まず、外国人は生活保護法の適用対象に含まれるものである。

憲法第二五条及び生活保護法は、外国人の生活保護受給権を認めない趣旨ではない。とりわけ、原告のような在日朝鮮人は、日本の朝鮮植民地支配以来一貫して、戦後も変ることのない民族差別の下に置かれているという歴史的状況からみても、他の外国人と異なる特殊な地位にあり、また生活保護行政の運用の実態に照らしても、生活保護の適用を受けることは明らかである。また対日賠償請求権の実質的な行使としても生活保護法の適用を受けるべきである。

2  本件処分は、次に述べるとおり生活保護法に違反してされた処分であつて違法である。

(一) 本件処分は、原告が本件指示に従わなかつたことを理由としているが、右指示は以下の理由により違法であるから、本件処分はその前提を欠き違法である。

(1) 生活保護法第二七条第一項は、「保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。」と規定するが、右にいう「被保護者」とは現に保護を受けている者を指す(同法第六条第一項)から、同法第二七条第一項に基づく指示の客体は保護受給中の者に限られ、保護停止中の者はこれに含まれないと解すべきである。したがつて、原告は当時保護停止中であつたから、原告に対し同法第二七条第一項の指示をすることはできないものである。

このことは、昭和三八年四月一日社発第二四六号厚生省社会局長通達において、「保護決定実施上における指導指示」を、<1>保護申請時における助言指導、<2>保護受給中における指導指示、<3>保護停止中における助言指導の三つに分け、かつ指導指示の準拠規定として同法第二七条第一項を掲げているのは、右<2>の場合のみであることに徴しても、うかがい知ることができるものである。

(2) 仮に、本件指示が生活保護法第二七条第一項の指示に当るとしても、本件指示のうち、収入申告書の提出を命ずる部分(以下この部分を「第一指示」といい、その余の部分を「第二指示」という。)は、原告の生活状況を把握する目的でされるべきものであるところ、以下に述べるとおり被告は原告の生活状況を十分に知つており、何ら第一指示をする必要がなかつたものであるから、このような状況の下で第一指示をすることは同法第二七条の目的を逸脱し、いたずらに原告の自由を侵害するものであるから違法である。

ア 被告は、昭和四五年八月二六日足立公共職業安定所河原町出張所に対し、原告に対する就労あつ施日数を照会し、その結果原告の同年六、七、八月の就労状況を把握し、またその後も絶えず右出張所と連絡をとり、原告の日雇登録が同年九月二一日付で抹消になつている事実も知りつくしていた。

したがつて、被告は右の調査で原告について保護の要否の判定が可能であつたものであり、また被告が同年五月二日付でした原告に対する保護変更決定の際も、原告に対して収入申告書の提出を命じなかつたものである。

イ 原告は、同年六月二〇日及び七月二日の両日被告に対し生活の窮状を訴え、その後も再三にわたり被告に対し餓死を免れるため、何日か日雇労働に従事していた事実を告知した。

ウ 被告は、同四九年一月二八日付で原告に対し生活保護を開始する決定をしたが、右開始時と本件指示時との間には何らの事情の変更はない。原告は右保護開始に際して被告が乱発した検診命令をすべて拒否し、また収入申告書を提出せず、その他原告がその生活状況に関し、被告に告知した資料及び被告が原告に対してした調査は、本件指示時と何一つ変化はないのに、被告は保護を開始した。

このような事情からみても、被告が原告に対し本件指示をする必要はなかつたことが明白である。

(3) 第二指示は、第一指示と不可分の一体を成しており、本件処分は原告が第二指示に従わなかつたことをもその理由としているというべきところ、朝鮮人である原告には能力に応じ、勤労に励む機会は存在しなかつたから、第二指示は原告に対する民族差別であつて違法である。

(二) 本件処分は、原告に対する民族差別、報復を目的としてされた処分で、生活保護法第六二条第三項の趣旨及び目的を逸脱したものであるから違法である。すなわち、

被告の昭和三八年以来の保護行政は、原告に対する民族差別そのものであり、原告にもたらしたものは生活の保障ではなくて生活の破壊であつた。原告が保護受給者となることができたのは民族差別という屈辱を甘受した場合のみであり、原告がこの差別に対し抗議し、又は権利としての保護受給権を主張したときは、ことごとく治安当局を動員した身柄の隔離か、保護廃止処分で報復された。

本件処分の発端は、昭和四五年五月二日付の保護変更決定であり、原告がこれに抗議し、かつあくまでも権利としての生活保護受給権を主張したことに対する民族差別、制裁として本件処分がされたものである。

(三) 本件処分は、比例原則に反するものであるから違法である。

仮に、原告が本件指示に違反したとしても、原告の指示違反は、もともと本件指示に先立つ被告の違法な処分の結果導き出されたものであること、また本件指示は法律上の根拠に多大な疑問のあるものであつたこと、さらに原告は本件指示に従うにも不可能な事情があつたことなど指示違反については相当な理由があり、原告に責められるべき事由は何も存在しなかつた。また原告は指示目的の達成のため、なしうる限りの努力をし、現実に指示目的は阻害されなかつた。

したがつて、本件処分は保護廃止という制裁を課さなければ指示目的が阻害されるという事情は何ら存在しないのにもかかわらずされた処分であるから、比例原則に反する。

3  仮に、外国人には生活保護法が適用されず、被告のいわゆる行政措置として生活保護が行なわれるものであるとしても、

(一) 本件処分は原告から生活保護の利益を奪う不利益処分であるから、いわゆる覊束裁量行為に属するものである。

したがつて、被告のいう前記内部基準に違反すれば違法な処分というべきところ、本件処分は前記2の(一)ないし(三)と同じ理由により違法である。

(二) 仮に、本件処分が自由裁量行為にあたるとしても、前記2の(二)及び(三)と同じ理由により、裁量権を濫用したものであるから本件処分は違法である。

六  原告の主張に対する被告の認否及び反論

1  原告の主張2の(一)(2)の事実のうち、被告が原告主張のように、公共職業安定所に就労あつ旋日の照会をしたこと、保護変更決定の際に収入申告書の提出を命じなかつたこと、被告が昭和四九年一月二八日付で保護を開始する決定をしたこと、原告が検診命令に従わず、収入申告書を提出しなかつたことは認め、その余は争う。

2  (原告の主張2の(一)(1)に対し)

生活保護法第六条第一項の定義は、「被保護者」と「要保護者」とを区別しているに過ぎず、保護停止中の者は「被保護者」に含まれるものである。

昭和三八年四月一日社発第二四六号厚生省社会局長通達中の「保護決定実施上における指導指示」は、保護停止中の者に対する生活保護法第二七条の指導、指示を否定しているものではない。右通達では、<1>保護申請時における助言指導、<2>保護受給中における指示指導、<3>保護停止中における助言指導等となつており、また「保護停止中の被保護者についても、その生活状況の経過を把握し、必要と認められる場合は、生活の維持向上に関し適切な助言指導を行なう等、所要の措置を講ずること。」としており、「助言指導を行なう等」の中には、当然同法第二七条の指導指示を含むものである。

3  (原告の主張2の(一)(2)に対し)

生活保護法第六一条によると、被保護者は、収入について変動があつたときは、すみやかに、福祉事務所長にその旨を届け出なければならないものとされており、右条項の趣旨は、保護の要否の決定及び給付額の決定のために、被保護者の収入額の認定が不可欠であることから、収入申告書等の提出が要求されているものである。

ところで、被告の職権調査(生活保護法第二五条第二項)によれば、原告は日雇労働者として登録し、就労あつ旋を受けており、原告には稼働能力が認められ、何らかの収入のあることが推定されたが、それは確定できなかつた。そこで被告は右事情を明らかにし、保護の要否の判定及び給付額の決定の資料として原告に対し収入申告書を提出することを指示したものであり、右収入申告書の提出がなければ保護の要否の判定及び給付額の認定をすをことができない状況にあつたものであるから、原告に対し収入申告書の提出を命じたことは適法である。

なお、被告が昭和四九年一月二八日付で原告に対し生活保護を開始する決定をした理由は次のとおりである。すなわち、原告は同年一月九日生活保護申請をしたが、その申請時の面接の際、原告は顔にむくみがあることなどから病的状態であると推定され、その後の原告方の訪問調査の際にも同様な状態であり、さらに城北福祉センター健康相談室における調査結果から判断すると、原告は実際に病気に罹患しており、稼働能力が減退していることが判明した。

原告は、被告の発した検診命令には従わなかつたが病気であり、稼働能力が明らかに減退していると認められたので、被告は原告に対し保護を開始する決定をしたものであり、本件指示時とは明らかに異なる状況のもとで保護が開始されたものである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分が違法であるか否かについて判断する。

1  まず、原告が外国人であることは当事者間に争いがないところ、被告は、外国人は生活保護法の適用対象とならないものである旨を第一次的に主張し、原告に対する生活保護法は同法の規定の適用によらない行政措置によるものであるとするのに対し、原告は外国人も生活保護法の適用対象であると反論する。

そこで、外国人は生活保護法の適用対象となるか否かについて考察するに、生活保護法第一条は、「この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」と規定し、また第二条は、「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる。」と定めているから、少なくとも文理上は、生活保護法の適用対象は日本国民であり、外国人はその適用対象外であると解釈するのが相当である。

もつとも、現行の生活保護法(昭和二五年法律第一四四号)の前身である同名の生活保護法(昭和二一年法律第一七号)(以下「旧法」という。)第一条は、「この法律は、生活の保護を要する状態にある者の生活を、国が差別的又は優先的な取扱をなすことなく平等に保護して、社会の福祉を増進することを目的とする。」と規定していたから、その適用範囲については内外人平等の原則を採用し、日本国民だけでなく、日本国に居住又は現在する外国人にも及ぼしていたものということができる。

しかしながら、旧法の下における生活保護は、その受給は反対的利益の享受にとどまり、慈恵的、恩恵的色彩を有するものであったが、現行法はこれを改め、国民に生活保護を請求する権利があることを規定し、不服申立ての制度を設けるなど社会保障の制度として確立したことに伴い、その適用対象を「すべての国民」、「すべて国民」と規定するに至つたものであること、また現行の生活保護法による権利は、日本国民の生存権につき定めた憲法第二五条の理念に基づくもので、自立の困難な国民の生存のために、国が積極的な保護を与えるという社会政策に由来するものであることからみると、現行法の下において前記文理解釈を超えて外国人もまた生活保護法の適用の対象となると解釈する余地はないものといわねばならない。

原告は、外国人とりわけ在日朝鮮人は歴史的状況からみて他の外国人と異なる地位にあり、また対日賠償請求権の実質的行使としても生活保護法の適用を受けることができる等と主張するが、右主張は独自の見解に立つものであつて到底採用し難い。

2  被告は、外国人には生活保護法の適用なく、したがつて原告に対する生活保護は行政措置として行なつたもので、本件処分も行政措置であると主張する。そして、外国人に生活保護法の適用がないこと右のとおりである以上、原告に対する生活保護は行政措置として行なわれたものといわねばならないが、このような場合、少なくとも生活保護法に規定される保護の廃止事由その他に照らし、被保護者が日本国民であつても適法に保護を廃止し得る事由のあるような場合であれば、被告は適法に保護を廃止し得るものというべきである。

以下右の観点から本件処分が違法であるとする原告の主張について検討する。

3  成立に争いのない乙第三、四号証、第七号証の一・二、第九、一〇号証、第一三ないし第一六号証、証人森順治の証言及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、全く収入がないものとして生活保護を受給していたが、右受給の期間中である昭和四二年一一月ごろから東京都足立公共職業安定所河原町労働出張所に民間日雇労働者として登録し、就労あつ旋を受けていたことが同四五年四月末ごろに至り被告の調査により判明した。そこで、被告は同年五月二日付で原告に対して生活保護費を減額する保護の変更決定をした。

(二)  原告は同月四日足立福祉事務所に来所したので、同所の担当者らが右変更決定の理由について説明するなどしたところ、原告は右決定に抗議するとして同所の改田所長に対し暴言をはくと共に同所長を殴打したので、千住警察署員に逮捕され、勾留されるに至つた(原告が同月四日千住警察署員に逮捕されたことは当事者間に争いがない。)。

(三)  被告は、原告の勾留が相当長期に及ぶことが見込まれたところから、同年五月二九日付で原告に対して生活保護を廃止する決定をした。しかし、被告は原告の利益を考慮し、同年九月一七日付で右保護廃止決定を取り消し、前記の勾留を理由に同年五月五日から同年六月一八日までの期間、保護を停止する決定をした(保護廃止決定、同決定の取消し及び保護停止決定があつたことは当事者間に争いがない。)。

(四)  ところが、その後原告は再び前記河原町労働出張所に日雇労働者として登録し、右六月一九日以後一か月間に約一〇日程度の就労あつ旋を受けていたような状況であつたので、一応保護の必要がなくなつたと認められたが、就労日数は必ずしも安定しているといえなかつた。そこで、被告は、その就労状況を観察するため、同年九月一七日付で原告に対して同年六月一九日から同年九月三〇日までの期間、保護を停止する決定をした(保護停止決定があつたことは当事者間に争いがない。)。

(五)  被告は、右保護停止期間中における原告の収入状況を正確につかみ、保護の要否をさらに判定する必要があると認め、原告に対して本件指示すなわち被告の主張3記載のとおり同年九月二六日付の書面をもつて収入申告書を提出することなど指示をしたが、原告はその指定期限である同月三〇日までに収入申告書を提出しなかつた。なお、原告は、同年一〇月三日足立福祉事務所に来所し、右収入申告書は提出しないし、右指示には一切従わない旨を述べた(本件指示をした事実は当事者間に争いがない。)。

(六)  このため、被告は原告に対して生活保護の判定ができず、また本件指示に従わないことに関して弁明の機会を与えるため、同年一〇月三日付で同月一日から七日までの期間、保護を停止する決定をした。

そうして、被告は原告に対し被告の主張5記載の事項及び本件指示に従わないので保護を廃止することがある旨を記載した一〇月三日付の弁明の機会通知書を交付したが、原告はその指定日時である同月七日午前中に足立福祉事務所に出頭せず、弁明をしなかつた。

そこで、被告は原告に対して原告が前記収入申告書を提出せず、指示義務に違反した旨保護を廃止する決定の理由を記載した同年一〇月一五日付書面をもつて本件処分をした。

(以上のうち、保護停止決定並びに弁明の機会通知書の交付及び弁明をしなかつたこと並びに本件処分の事実は当事者間に争いがない。)

このような事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信しない。

4(一)  原告は、本件指示当時原告は保護停止中であつたところ、生活保護法第二七条第一項の規定による指示は保護停止中の者に対してはすることが許されないものであるから、本件指示は違法であり、右指示に従わなかつたことを理由とする本件処分は違法である旨主張する。

被告が昭和四五年九月一七日付で原告に対し同年五月五日から同年六月一八日までと期間を定めて保護を停止する決定をし、その後さらに同年九月一七日付で右保護停止期間を同年九月三〇日まで延長したことは前記認定のとおりであるから、本件指示当時原告が保護停止中であつたことは明らかである。

そこで、保護停止中の者に対する生活保護法第二七条第一項の指示の適否について考えるに、同条第一項は、「保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。」と規定し、また同法第六条第一項は、「この法律において「被保護者」とは、現に保護を受けている者をいう。」と定めていることは明らかである。

同法第二七条第一項は、保護の実施機関が被保護者に規律ある生活を維持させ、社会の一員として自立していくために必要と認める指導及び指示をすることができることを定めたものと解せられるところ、保護の停止は、被保護者について保護を必要としなくなつた場合ではあるが、その事由が一時的なもので、ある時期が到来すれば、また保護が必要となることが予見される場合であり(同法第二六条)、保護の実施が単に一時中断されているに過ぎないものであるから、保護の廃止の場合と異なり、保護の実施機関による指導及び指示の必要性が、なお存続している場合ということができる。

そうすると、保護停止中の者は、「現に保護を受けている者」と解するのが相当であるから、右法条にいう「被保護者」に該当するものというべきであり、したがつて原告に対してした本件指示は適法である。

原告は、この点に関し、厚生省社会局長通達を引用し、保護停止中の者に対し生活保護法第二七条第一項の指示をすることが許されないことは右通達によつても明らかである旨主張する。成立に争いのない甲第三九号証及び弁論の全趣旨によれば、右通達は原告の主張2の(一)(1)のとおりと定められている(ただし、原告主張の「<3>保護停止中における助言指導」とあるのを「<3>保護停止中における助言指導等」と改める。)ことを認め得るが、しかし、右通達の趣旨は必ずしも原告の主張のように解することはできないから、原告の前記主張は失当である。

(二)  原告は、本件指示のうち収入申告書の提出を命ずる部分は、その必要がないのに指示したものであり、生活保護法第二七条の目的を逸脱し、原告の自由を侵害するものであつて違法である旨主張する。

(1) まず、被告が原告に対して本件指示をした経緯は前記3において認定したとおりであり、前掲乙第七号証の一・二及び右認定の事実によれば、被告は昭和四五年八月下旬前記河原町労働出張所からの回答により日雇労働者として登録し、同年六月、七月及び八月中に受けた就労のあつ旋日数を知つていたが、実際の就労の確認をするまでには至らなかつたことが認められ、証人森順治の証言によると、原告は同年五月四日生活保護の変更決定がされたことに関し、前記3の(二)の福祉事務所長に対し抗議した際、就労あつ旋を受けたということと実際に就労したということとは違う旨を主張していたことも認められる。そうすると、被告が原告の収入状況を正確につかみ、保護の要否を判定するためには、原告に対して収入申告書の提出を命ずる必要があつたものというべきである。

原告本人は、「原告は、本件の指示前である昭和四五年九月二一日職業安定所に日雇登録証を返還したもので、このことは被告も知つていた。」旨供述するが、そのような事実があつたとしても、前記収入申告書の提出を命ずる必要がないということはできないし、また被告が同年五月二日付で原告に対して保護変更決定をするに際し、原告に収入申告書の提出を命じなかつた事実は当事者間に争いがないが、右事実から本件指示に係る収入申告書の提出を命ずる必要がなかつたものとすることもできない。

(2) 証人森順治の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四五年六月二〇日及び翌七月二日の二回にわたり、被告に対し急迫性があるとして生活保護の申請をしたことが認められるが、右生活保護の申請の事実から原告が被告に対して生活状態等を報告しており、したがつて被告が本件指示を発した当時、原告の収入状況を正確につかんでいたものと推認することもできない。

(3) 被告が昭和四九年一月二八日付で原告に対して保護を開始する決定をしたこと及び原告がその際被告の発した検診命令に従わず、また収入申告書を提出しなかつたことは当事者間に争いがない。

原告は、右保護開始時と本件指示時との間には何ら事情の変更はないものであるから、被告が本件指示をする必要はなかつたものである旨主張する。

成立に争いのない乙第一九号証及び証人三橋昇の証言によれば、原告は同年一月九日被告に対し病気で働けないことを理由に生活保護を申請したので、足立福祉事務所の担当員が数回にわたり原告方を訪問し、生活実態の調査をしたところ、原告は吐き気がするとか、歩くと疲れやすい、めまいがするなどと述べ、原告の身体にはむくみがみられ、また東京都城北センター健康診断室医師は、原告は肝障害により一か月の通院治療を要すると診断した。そこで、被告は原告が肝障害のため、就労できないものと判断し、同年一月九日から保護を開始する決定をした、以上事実が認められる。原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四一号証は右認定の妨げとならないし、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はたやすく措信しない。

そうすると、被告が本件指示を発した時点の事情は前記3で認定したとおりであるから、前記保護開始の時点の事情と変更がないとする原告の主張は前提を欠くものであつて失当である。

以上のとおりであるから、本件指示のうち収入申告書の提出を命ずる部分は、生活保護法第二七条の目的を逸脱し、原告の自由を侵害するもので違法であるとする原告の主張は到底採用できない。

(三)  原告は、被告が原告に対してした第二指示は第一指示と不可分一体を成しており、本件処分は原告が第二指示に従わなかつたことをもその理由としているところ、第二指示は民族差別であり違法である旨主張する。

しかしながら、本件処分は原告が第一指示に従わなかつたことを理由としたものであり、第二指示に従わなかつたことを理由としていないことは、前記認定のとおりであるから、原告の右主張は前提を欠き失当である。

(四)  よつて、被告が原告に対してした本件指示が違法であるとする原告の各主張はいずれも理由がない。

5  次に原告は、本件処分は原告に対する民族差別、報復を目的としてされた処分で、生活保護法第六二条第三項の趣旨及び目的を逸脱したものであるから違法である旨主張する。

しかしながら、本件処分がされた経緯及びその理由は、前記3で認定したとおりであり、原告に対する民族差別、制裁として本件処分がされたとする原告主張の事実を肯認するに足りる証拠はない。また右処分の前提となつた本件指示が適法であることも前記4で説示したところであるから、本件処分が生活保護法第六二条第三項の趣旨及び目的に反する違法なものであるとすることは到底できず、原告の前記違法の主張は失当である。

6  さらに原告は、本件処分は比例原則に反するものであるから違法である旨主張する。

原告が本件指示に違反したことについては相当な理由があり、原告には責められるべき事由が何も存在しなかつたとする原告主張の事実については、本件の全証拠によつてもこれを認めることができないだけでなく、本件処分は前記3において認定した経緯及び理由によつてされたものである以上、本件処分が比例原則に違反するものとはいうことができず、原告の右主張も理由がない。

以上の次第で、本件処分には原告主張の違法は存しない。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 菅原晴郎 成瀬正己)

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